モブプロな人たちのブログ

横浜で Web サービス開発しているエンジニアの日記です。Python 大好き Flask 大好き。たまに SpriteKit でゲーム開発も。

終わりを思い描くことから始めるために

7つの習慣」まとめシリーズ。

今回は、第2の習慣です。

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葬儀に参列してもらい、何を思ってもらいたいか

もし、今から数年後、または数十年後に、自分自身の葬儀が行われるとしたとき、いったいどんな人たちに参列してもらいたいだろうか?

そして、その人たちに何を思ってもらいたいだろうか?

どんな人だったと、思い返してもらいたいだろうか?

こどもにはどう思ってもらいたいだろうか? 

友人にはどう思ってもらいたいだろうか?

仕事関係の人にはどう思ってもらいたいだろうか?

なぜ、終わりを思い描くのか

「終わりを思い描くことから始める」というのは、自分が何歳だろうと、どんな仕事をしていようと、どんな家族がいようと、どんなライフステージにいようとも、必要な習慣です。

自分の最後を思い描き、それを頭の片隅に置いて1日を過ごすことで、自分が本当に大事だと考えていることを優先して選択することができます。

終わりを意識するからこそ、今ここにある一瞬一瞬を大事にすることができます。

終わりというのは、つまり目的のことです。目的地が分かるから、どの方向に進めば良いのかが分かるのです。

活動の罠には注意

活動の罠」とは、目の前の行動、活動に集中するあまり、それが本当に意味のある行動なのかというのを考えない状態のことです。

「よし、コレをやれば評価されるみたいだぞ、必死に頑張るぞ!」

「この方法で行けば大金が手に入る、1分1秒ムダにできない!」

「この資格さえあれば一生安泰だ、寝る間も惜しむ!」

そうやって、目の前のハシゴを猛スピードで登り始めます。本当に猛スピードで、振り返ることもなく。

世間では、そうやってがむしゃらに頑張ることが評価されることもあります。夢を追い求めるのは大事なことだね、と言われることもあるでしょう。

本当にそれで良いんでしょうか?

定期的に、冷静に、自分の状況を見て、正しいハシゴを登っているのか確認しなくて大丈夫でしょうか?

ものすごく効率的にハシゴを登り切って、いざ振り返ってみると、全然登る必要がなかった、ということはないでしょうか?

効率的に登ろうとするがあまり、もっと大切な何かを犠牲にしてはいないでしょうか?

効率的かどうかではなく、効果的かどうかを考える

効率的なことは、確かに良いことです。やるべきことが決まっている中においては、ムダを省き、スピード感を持って、効率的に動くことができれば、それはとても良いことです。

ただ、効率的であることを求めることは、効果的であるか確認するプロセスを省く理由にはなりません。

定期的に、今やっていること、コレからやろうとしていることが、自分の人生の目指す方向に対して効果的なのかどうか、考えることが大事です。